父島の記憶と共に残る出航太鼓の音
おがさわら丸の出港時間が近づくと、どこからかはっぴ姿の人々と太鼓が現れます。
航海の安全と、島での再会を願う言葉に続いて始まるのは、出航太鼓『マッコウ太鼓』の演奏です。
軽快な締め太鼓で始まり、横置きにした太鼓の両面を力強く打つ音は、海の中を雄大に泳ぐマッコウクジラの姿のよう。
壮大な空と海に響き渡る音は、父島名物のセレモニーです。
今回は父島で活動する太鼓団体『ぼにん囃子』をご紹介します。
出航太鼓のほか、サマーフェスティバルの盆太鼓、大神山神社例大祭でのお囃子など、年間を通じて島のイベントを盛り上げる活動をしています。
太鼓を通じたコミュニケーションの場でありたい
主役を引き立てる「お囃子」としての太鼓
『ぼにん囃子』代表の高嶺春夫さんに、活動の歴史について話を伺いました。
高嶺さん「立ち上げは平成10年(1997年)です。創設者は当時父島に住んでいた平田典久さんという方です。当時奥村地区にあった村民会館で、平田さんと有志が集まって太鼓を打っていました。そのメンバーで小笠原初のお囃子の団体を結成しました」
その後島を離れることになった平田さんに代わり、2004年から高嶺さんが代表を務めています。高嶺さんは場を盛り上げる「お囃子」という立ち位置を重視して活動しています。
高嶺さん「出航太鼓の主役はあくまで島を離れる人々。盆踊りでは踊る人。お囃子は主役ではなく、あくまでその場を盛り上げる縁の下の力持ちです」
現在のメンバーは32人、ほとんどの人が太鼓未経験です。
年齢層は25〜60歳と幅広く、漁師の高嶺さん、観光ガイドやシェフ、任期限定の支庁・警察・自衛隊の人まで、様々な職業の人たちが参加しています。
公に募集はしていませんが、どこからか仲間になる人が集まってきます。
練習日はおがさわら丸の出港翌日と翌々日。曜日ではなく、島の生活リズムに合わせたスケジュールで活動しています。
出航太鼓に込められたそれぞれの思い
『ぼにん囃子』創設当初から行っていたという出航太鼓。誰かに依頼されたわけではなく、自発的に活動しているそうです。
高嶺さん「義務化されることのない活動が『ぼにん囃子』の大きな特徴です。当日参加できる人たちが集まって打っています」
提供:Boninの風Ⅱ
島を離れる人々に向けて、メンバーのみなさんは、どんな思いを込めて太鼓を打っているのでしょうか。
高嶺さん「『ぼにん囃子』としてではなく、それぞれの物語があっていいと考えています。メンバー32人それぞれの思いで打っています。観光業の人ならお客さんへの感謝や再訪の願い。島を去るメンバーは、最後に一緒に打って、目に涙をためながら船に乗っていきます。メンバーの中には高校の先生もいます。島の高校生の多くは、卒業すると進学や就職で島を離れるのですが、その時に太鼓で見送れるようにと練習しています」
太鼓ひとつで人がつながるコミュニティ
結成して25年目を迎えた『ぼにん囃子』。
小笠原における太鼓文化の担い手として、父島におけるあり方を模索してきました。
現在はイベント出演を目的に、完成度を追求するのではなく、参加の敷居をなくして誰でも気軽に叩ける場であることを重視しています。
高嶺さん「太鼓ひとつでつながるコミュニティという形が、この島にあっていると考えています。果敢に新人さんをいれてミスしたこともあります (笑)…プロとしてなら失格ですが、太鼓を通じたコミュニケーションの場でありたい。その場に集まった人々で太鼓を囲み、楽しく叩ければいいと思っています」
敷居が高い郷土芸能ではなく、身近な存在でありたい
小笠原で打つ太鼓すべてを『小笠原太鼓』と考える
戦後の小笠原における太鼓の歴史は、小笠原諸島が日本に返還された1968年から始まりました。
約50年とまだ浅く、概念を含め、今その歴史が作られている過程にあります。
『ぼにん囃子』は、八丈由来の両面打ち、出航太鼓やお囃子、小笠原で打たれている多様なスタイルすべてを『小笠原太鼓』であると考えています。
高嶺さん「八丈島の人に『小笠原太鼓とは何だと思いますか』と聞いた時の、『小笠原で打っていれば、それがすべて小笠原太鼓だ』という答えに感銘を受けました。それが島において、太鼓のあるべき形なのではないでしょうか」
島外初のステージは、竹芝での小笠原盆踊り大会
2018年9月、小笠原諸島返還50周年記念事業として、東京・竹芝船客ターミナルにて小笠原の盆踊り大会が開催されました。
高嶺さんは漁があり行けませんでしたが、島からは『ぼにん囃子』のメンバー4人が参加、内地(本土)のOBも加わって盆太鼓を披露。島外初のステージとなり、大盛り上がりだったといいます。
大好評だった竹芝での小笠原盆踊り大会は、翌年2019年にも、東京都立芝商業高等学校のグラウンドへ会場を移して開催されました。(写真提供:小笠原村観光局)
2018年開催「Bonin Bon-Odori Festa」盆踊り映像はこちら!
高嶺さん「帰りのおがさわら丸乗船時には、デッキに太鼓を並べ、離れていく竹芝桟橋に向けて出航太鼓を打ったそうです。都会に響き渡る太鼓の音が新鮮だったと聞いています。いつかニューヨークなど海外でも打ってみたいですね!」
小笠原の自然のような『太鼓』でありたい
ぼにん囃子の活動では、小笠原小学校4年生の総合学習で小笠原太鼓の指導もしているそうです。「父島」という曲を練習し、新型コロナウイルス感染拡大前は、出港日に出航太鼓として打ちました。
高嶺さん「室内で誰かに向けて披露するのではなく、島らしくオープンな環境で打って欲しいと思いました」
高嶺さんは、太鼓を敷居が高い郷土芸能ではなく、小笠原の「自然」のような文化にしたいと話します。
高嶺さん「小笠原には海や森林などの自然が、すぐそばにあります。街の中の1本の木のように、太鼓も人々にとって身近な存在でありたいですね。出航太鼓は、歴史を重ねて、自然に近い文化になってきたと感じています」
元島民ライター
のなかあき子
2015年〜2017年春まで父島居住。
2児の母。島生活で太鼓とパッションフルーツに目覚める。
父島のおすすめスポットは「製氷海岸」「コペペ海岸」「三日月山展望台への脇道」。
著書に『東京のDEEPスポットに行ってみた』(彩図社)など。
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