文化・歴史

小笠原ビジターセンターにて 特別展「ジョン万次郎展~その時代と人々~」開催中

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日米の架け橋となる幾多の業績を残した、幕末を代表する偉人のひとり、「ジョン万次郎」が小笠原に訪れたことがあることをご存じでしょうか?

今回の特別展では小笠原と万次郎の関わりや、万次郎を取り巻く人々を紹介しながら、万次郎の生涯についてわかりやすく展示しています。

特別展は10パートで構成されています。

① 鳥島に流されるの巻
② サバイバル生活の巻
③ 助けられるの巻
④ 小笠原初体験の巻
⑤ アメリカ式捕鯨の巻
⑥ アメリカ生活の巻
⑦ 咸臨丸と万次郎の巻
⑧ 島民との交流の巻
⑨ 小笠原初のアメリカ式捕鯨
⑩ 晩年の万次郎

本記事では、その一部をご紹介いたします。

冒険は子供時代からはじまる

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特別展展示室(展示風景)

1827年、万次郎は高知県の貧しい漁師の次男として生まれましたが、9歳の時に父親を亡くし幼い頃から出稼ぎにでていました。

1841年、14歳の時に仲間とともに漁に出て遭難し、小笠原と東京都心のほぼ中間にあたる無人島の鳥島に漂着します。

万次郎達はそこで約5ヶ月の間過酷なサバイバル生活を送ったのち、アメリカの捕鯨船ジョン・ハウランド号に助けられます。この出会いが万次郎の人生を大きく変えるきっかけとなりました。

はじめて父島を訪れる

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③助けられるの巻④小笠原初体験の巻(展示風景)

1842年、万次郎が15歳の時にアメリカの捕鯨船で初めて父島を訪れました。

鳥島でジョン・ハラウンド号に救出されてから約1年後のことです。

捕鯨船で航海中に二見湾(ポートロイド)に碇泊し、ボートで上陸し、豚、ヤマイモ、玉葱、鴨を仕入れました。

1847年、捕鯨船で父島を再度訪れ、ナサニエル・セーボレー氏から野菜などを船に供給してもらいました。

これが1度目の来航から5年後、万次郎2度目の父島となります。

アメリカ式捕鯨については、立体模型でチェック!

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アメリカ式捕鯨の様子 模型(展示風景)

その後は、侍として小笠原を訪れる機会があり、通訳という今までとは全く違った立場での来島となります。

続きはぜひ、小笠原ビジターセンターにいらして『ジョン万次郎展』をご覧になってください。

特別展「ジョン万次郎展~その時代と人々~」は、2023年2月3日まで開催予定です!

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閲覧資料(展示風景)

展示会場には、小笠原の歴史には欠かせないペリー提督のお話を紹介した「ペリーと小笠原」コーナーもあり、ペリー提督とナサニエル・セーボレーとの土地売買契約書など、今しかご覧いただけない資料もございます。ぜひ、この機会にご覧になってください。

ビジターセンターでは下記の特別展も同時開催中!

みなさまのご来館を心よりお待ちしております。

小笠原ビジターセンター

開館日
おがさわら丸・観光船入港中
午前8時30分~午後5時00分まで
*夜間開館日あり
*開館日については下記サイトからご確認ください。
https://www.tokyo-park.or.jp/nature/ogasawara/
*新型コロナウイルス感染症拡大防止のため、臨時に休館することがあります。

問合せ
小笠原ビジターセンター電話番号:04998-2-3001

VCオカヤドカリマーク

小笠原の情報発信基地

小笠原ビジターセンター・大神山公園

小笠原の歴史と自然情報が満載。
小笠原の情報収集は、小笠原ビジターセンターへお越しください!

https://www.tokyo-park.or.jp/nature/ogasawara/