文化・歴史

最初に定住したのは日本人じゃなかった!小笠原開拓の歴史がおもしろい

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小笠原諸島発見の歴史

扇浦にある貞頼神社

小笠原諸島は1543年にスペイン船により発見され、その後、オランダ船、イギリス船、ロシア船にも発見された記録があります。
日本では文禄2年(1593年)、信州深志(松本)城主小笠原時長のひ孫、小笠原貞頼が発見したと伝えられています。

小笠原への移住

ペリーに随行したW.ハイネが書いた二見港野羊山付近の天然トンネル

19世紀は捕鯨が大変盛んな時代でした。太平洋にもイギリスやアメリカの捕鯨船が進出してきており、ハワイなどは捕鯨の中継基地として、大変栄えていたそうです。
1830年にはナサニエル・セーボレーやマテオ・マザロなど欧米人5人や太平洋諸島民を含む20数名が移住してきました。
彼らは農業や漁業を営み、捕鯨船に新鮮な食糧、水、薪などを提供する港を拓き、生計を立てていきました。
1835年にはゴンザレス一家が母島に移住し、母島にも定住者が現れましたが、この頃はまだどの国の政府も小笠原の統治には関与していなかったようです。

欧米系島民による小笠原コミュニティーの確立

1862年母島沖村の様子

1830年に最初に移住してきた欧米人を中心とした20数名はまず、洲崎に小屋を建てて、開墾を行いその後、それぞれが開墾した土地へ移り住んでいきました。
その翌年には移住者がやってきて、徐々に島民が増えていきました。
このころ、外国船による略奪事件なども起こり、マテオ・マザロなどイギリス出身者がイギリスに戻った際、政府に移住者の保護を請願し、イギリスから武器弾薬などを送ってもらい、住民たちは無政府状態で、自発的なコミュニティー形成を進めていきました。

 

いかがでしたか?
小笠原諸島を最初に発見したのも、定住したのも日本人ではなかったんですね。

 

参考文献:平成17年度小笠原諸島の自立発展に向けた歴史・文化探訪観光開発基礎調査

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ページ運営者

小笠原村観光局

小笠原村観光局は浜松町に事務所を置き、旅行会社・メディア対応、イベント実施などにより小笠原観光の活性化・マーケティング活動を行っています。

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