聟島、通称ケータ
聟島列島は父島からおよそ50キロ北に位置し、竹芝からのおがさわら丸から最初に見られる小笠原諸島の島々だ。
小笠原では通称「ケータ」と呼ばれているが、これは19世紀に小笠原を訪れたイギリス艦の艦長が名付けた島の名前 (Kater Island) が由来となっている。戦争前までは人が暮らす小さな集落があったが現在は全ての島が無人島だ。
他の小笠原の島々と同じく 国立公園に指定されているため一般的に上陸は禁止されているが、許可を持った人が決められたルートを利用することは可能であり、ケータ島ツアーもある。特にダイバーにとっては人気の場所であり、ケータでダイビングを体験するために小笠原を訪れる人も多い。
しかし父島からケータへの移動は時間を要し、海の状況を伺う必要もあるのでいつでも行けるという訳ではない。観光客のみならず島民にとっても、ケータを訪れるというのは少し特別な事なのだ。

アホウドリのケータ移住計画
現在のケータではいくつかの保全活動が行われている。戦後に野生化したヤギがいなくってからは植生復元の作業が中心だが、もう1つ世界的に大きな注目を集めているプロジェクトがある。
それがアホウドリのケータ移住計画だ。
アホウドリは夏季にはアラスカのアリューシャン列島辺りに暮らすが、冬になると繁殖のために日本列島へと渡ってくる。
以前には多くのアホウドリが伊豆諸島や尖閣諸島、小笠原でも繁殖をしていたが、羽毛を採取するための乱獲によりその数は激減してしまい、絶滅危惧種に指定されてしまったアホウドリの国内繁殖地は伊豆諸島に属する鳥島と尖閣諸島のみとなった。
生存しているアホウドリの最大繁殖地は鳥島だが、火山噴火が起きれば多くの個体が失われる可能性もある。そのような理由からアホウドリ研究者の間で別の繁殖地を作るという案が上がった。
そして様々な条件を考慮した上で候補に選ばれたのが、かつてのアホウドリの繁殖地、ケータだった。

デコイなどが設置されているケータのアホウドリのモニタリングサイト
アホウドリのモニタリングとケータという島
幸運なことに自分も今年はこのアホウドリの様子を確認するためのモニタリング調査に参加する機会があった。
父島とケータの間を毎日行き来するのは時間がかかりすぎるのでモニタリングの期間中はケータでキャンプをすることになる。
国立公園である小笠原では条例によりキャンプが禁止されているため、これは非常に貴重な体験だ。ましてや無人島であるケータとなれば尚更だ。
そして今や希少なアホウドリを毎日見られるとなると、きっとバードウォッチャーにとっては夢のようなことなのだろう。

キャンプサイトは森の中にある。
ケータに滞在中は毎日キャンプ地点からアホウドリのモニタリングサイトに足を運び、アホウドリの行動や様子を記録する。
現場には多くの精巧なデコイ(模型)がアホウドリを惹きつけるために設置されていて、これに紛れてじっとしているアホウドリを探すのはなかなか難しかった。
だが何かしらの動きがあるときは見分けるのは簡単だ。
繁殖場所の岩の上をちょこちょこ歩き回ったり求愛ダンスのような動きが伺える時もあったが、どこかへと飛び立つと全く帰ってこないという日もあった。
また、戻ってきた親アホウドリがヒナにエサをあげる様子も伺えた。
そしてサイトへと向かう途中には警戒心をほとんど見せないクロアシアホウドリやコアホウドリが目の前に佇んでいたりもした。

アホウドリとヒナ

モニタリングサイトの途中に現れたコアホウドリ
ケータについていうと、不思議な感覚のする場所だった。
父島の島影も遠くに見え、リュウゼツランやモモタマナの木など馴染みのある植物、そしてアカポッポやクジラも見られるので紛れもなく小笠原だというのが分かる。
しかし同時に普段見かけない花や植物も所々に生えていて、枯れたような黄色い草が茂った平らに伸びていく地形はやっぱりどこか違う島にいる気持ちになる。
ケータには小笠原のようで小笠原でない混迷した美しさがあった。

研究機関と地元の人の協力
小笠原のアホウドリ移住計画は山階鳥類研究所という鳥類専門の研究機関によって行われている。
そしてこの保全活動には研究所のスタッフのみならず、小笠原に暮らす島民や環境保全団体も参加している。
自分達の暮らす島で進められているこのような活動は島民にとっても決して他人事ではない。
また、このような保全活動を継続させていくためには現地に住む人々の協力は不可欠になる。
そのために研究者達やこの事業に関わっている人たちは定期的に小笠原で報告会を開き、普及活動も行なっている。
おかげで徐々にアホウドリについての認識が島の中でも高まり、島民が保全活動に参加できる機会も少し増えた。そしてこの活動に参加するためにケータを訪れられるというのは島民にとっても嬉しいおまけだ。
ケータから巣立ったヒナが戻ってきたり、ケータで新しいヒナが生まれたりと少しずつこの移住計画の成果が見られ始めている。
それでもケータが鳥島のように多くのアホウドリの繁殖地となるにはまだどれだけの時間が必要かは分からない。
いずれにしてもこれは継続性、そして多くの人の協力が必要な取り組みだ。将来的にケータが再びたくさんのアホウドリが暮らす島になることを期待したい。
*今回の調査参加の機会は三井物産環境基金の助成によって得られた

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