イルカやクジラが棲む小笠原。それを目当てに小笠原にやってくる観光客はとても多いです。
日本随一の鯨類天国である小笠原には「小笠原ホエールウォッチング協会」という組織があり、貴重な生物資源を守るための自主ルールを制定する他、まだ解明されていないことも多い鯨類の研究を長く続けています。
今回、私は、ホエールウォッチングを通じて小笠原の発展に寄与する活動をしている小笠原ホエールウォッチング協会(OWA)にインタビューしてきました!
小笠原ホエールウォッチング協会とは?
小笠原ホエールウォッチング協会とは、1989年にホエールウォッチングの振興と小笠原の発展に寄与することを目的として発足された組織です。
クジラやイルカに優しいウォッチングを目指し、以来30年以上にわたり自主ルールの運用や教育・普及活動、調査研究を続けています。父島のB-しっぷ(商工観光会館)内に事務所を構えています。
お話を伺ったのは・・・
一般社団法人 小笠原ホエールウォッチング協会
主任研究員 辻井浩希さん
小笠原の観光業に寄与!小笠原ホエールウォッチング協会の活動内容
ホエール「ウォッチング」という名称から、観光における鯨類ウォッチングに関する整備を行なっているような印象を受けますが、小笠原ホエールウォッチング協会の活動はそれだけではありません。
まずは小笠原ホエールウォッチング協会(以下OWA)の活動内容について伺いました。
ありこ:本日はよろしくお願いします!まずは、OWAの普段の活動内容を教えてもらえますか?
辻井さん:当協会の活動は大きく2つあります。1つめは、鯨類をはじめとした観光資源の調査研究。もう1つはガイド養成事業ですね。
ありこ:ありがとうございます。観光資源の研究というのは具体的には?
辻井さん:鯨類を専門とした個体識別を行なっています。例えば、ドルフィンウォッチングやスイムで活用されているミナミハンドウイルカやハシナガイルカといった沿岸域で見られる種類、またザトウクジラやマッコウクジラといった大きな種類。このあたりが対象ですね。
ありこ:数年前にはミナミハンドウイルカの個体識別カタログが発行されていますよね。小笠原において鯨類の個体識別はとても精力的に取り込まれているのだなと思いました。
辻井さん:そうですね。ミナミハンドウイルカは2003年頃から個体識別調査が行われているので識別できている個体数も多いです。
ザトウクジラも個体識別が進んでいます。また、日常的な活動として、12月から5月の6カ月間は毎朝ウェザーステーション展望台で30分程度の観察をし、観測された頭数を島内の掲示板やSNS等で発信をするなどしています。
ありこ:ザトウクジラ定点目視観察の報告はX(旧Twitter)でされていますよね!毎年拝見しています。
小笠原で見られる主な鯨類はザトウクジラ・マッコウクジラ・ミナミハンドウイルカ・ハシナガイルカの4種類かと思うのですが、他の鯨類の調査もされているのですか?
辻井さん:はい。東京都の小笠原水産センターには「興洋」という漁業調査指導船があるのですが、そこに毎月乗船させていただき、沖合域ではどのような鯨類がどこで・いつ見られたか、といったことを記録したりもしています。
ちなみにこれまで小笠原列島では25種類の鯨類が確認されています。
内地(本土)の大学や研究機関と協働して、その都度テーマを持って調査をするといったことも行っています。
OWAのXを見ると、2024年2月現在10〜20群、20〜30頭のザトウクジラが毎朝観察されていることが多いようです。
また、2024年2月には沖合域でシャチが観察されたと話題になりました!小笠原周辺海域のポテンシャルの高さに驚かされますし、まだまだ珍しい鯨類がいるのだろうと思うとワクワクしますね。
このような発見が私たちの耳に届くのは、OWAの日々の活動があるからこそですね。
小笠原のガイド育成事業
ありこ:次にガイド育成事業について教えてください。OWAが独自でやっているものなのですか?
辻井さん:いいえ。実は東京都が行なっている「東京都自然ガイド養成事業」というのがあって、それを受託する形で行なっています。
ありこ:具体的にはどのようなガイドの育成でしょうか。
辻井さん:例えは父島ですと南島のガイド、母島だったら石門のガイドの養成です。実はこの資格は、事業としてガイド業を行なっている方だけでなく、一般の島民の方も取得いただけます。
ありこ:そうなんですね!一般の島民も取得できるというのは驚きです。
辻井さん:東京都は❝島民総ガイド❞といったようなことを目指しているんですよね。資格を取ることによって、自分以外の人も東京都自然ガイドの同行が必要な南島や石門に連れて行けるようになるので、より多くの人に小笠原の自然の魅力を広めてもらうことを推進しています。
東京都が推進している東京都版エコツーリズムの一環。小笠原の自然への理解を深め、小笠原を訪れる人に対して適切な解説や指導をすることができる人を増やすことを目指している。
近年の注力分野はハシナガイルカの個体識別
ありこ:次にOWAの研究調査の話を伺えればと思うのですが、近年注力しているのはどういった分野ですか?
辻井さん:ハシナガイルカの個体識別調査ですね。先にお伝えしたように、ミナミハンドウイルカに関してはドルフィンスイムで親しまれていることもあり個体識別が進んでいます。
ハシナガイルカは基本的に船の上からのウォッチングになるんですよね。
ありこ:そうですよね!私も時々ドルフィンスイムを楽しみますが、ハシナガイルカと一緒に泳げることはほとんどないです。一緒に遊ぶというより、移動しているところにお邪魔するといった感じですよね。
辻井さん:ハシナガイルカの個体識別は基本的に背びれの写真で行われてます。調査をするときもひたすら撮影。今はデジタルカメラもどんどん進化して撮影しやすくなりました。そういった技術進化も相まって、やっとここ数年で本格的に力を入れ出したという感じです。
帝京科学大学と協働して個体識別を進めています。
ありこ:背びれが水面に出てくるのって一瞬だと思うのですが、その写真を集めるのは地道な作業ですね。個体識別の難易度も高そう。
辻井さん:そうですね。ザトウクジラやミナミハンドウイルカは島民の方から写真を募ることもありますが、ハシナガイルカの場合はそれがなかなか難しいので、基本的には私たちが撮影した写真のみで識別を進めています。
ありこ:ちなみに今、何頭くらい識別できているのですか?
辻井さん:現在整理中ではあるのですが、だいたい200~250頭くらいですね。ちなみにミナミハンドウイルカは約300頭識別できています。
ありこ:私の友人にミナミハンドウイルカをしっかり識別してドルフィンスイム中にも「○○がいた~!」と楽しんでいる方がいます。名前があるとより愛着が出てくるというか、ドルフィンスイムの楽しみ方が深まりますよね。
ミナミハンドウイルカみたいに、今後、ハシナガイルカにも名前をつけたり個体識別カタログを出版したりなどという構想はありますか?
辻井さん:まだそこまでは考えられていられませんが、背びれ一覧みたいなものができたらいいなとは思っています。
ありこ:それは楽しみですね!
「インタープリター制度」で広げる人材育成
OWAには独自で行なっている人材育成制度があります。観光面で大きな役割を果たしている「インタープリター制度」と呼ばれるこの制度について詳しく伺いました。
ありこ:「インタープリター制度」はガイドの養成事業とは別ですか?
辻井さん:制度としては別ですね。当協会独自の人材育成制度で、通称IWO(インタープリターホエールウォッチングin小笠原)という名称で行なっています。
2001年からスタートしたこの制度は、島に住所を置く15歳以上の方を対象にしており、これまで700名以上の方に受講いただきました。
ありこ:700名はすごいですね!
辻井さん:東京都の自然ガイドなどよりも敷居を低くして、多くの方にご興味を持っていただけるようにしています。ホエールウォッチングがメインになりますが、鯨類に関する知識、またそれを含めた小笠原全般に関する知識を取得していただき、それを一般の人にわかりやすく伝える技術を持った人を育成することを目的としています。
ありこ:インタープリターの方々が活躍される場面としてはどういったところがありますか?
辻井さん:主な活動場面は、おがさわら丸船内で行う船内イベントですね。繁忙期を除くほぼ毎便で、いわゆる観光案内のようなことや、小笠原の概要やアクティビティ情報、小笠原を楽しむ上でのルールなどのレクチャーを行なっています。
おがさわら丸での2日目、聟島列島が見えてくる頃には船のデッキに出て、見えている島々や海鳥の話を中心に1時間ほどお話しさせていただいたりも。
ありこ:ホエールウォッチングに関することだけでなく、小笠原の話題全体を網羅しているんですね!
辻井さん:今はそうですね。元々はホエールウォッチングの季節だけやっていたのですが、ご好評いただいて今では繁忙期を除くほぼ毎便でやらせていただくようになりました。
ありこ:資格ってよく取っただけになりがちですが、実際に活躍できる場面がたくさんあるのはいいですね。
生物も人間もより良い関係で共存するために
ありこ:OWAが定めている自主ルールは主に事業者に守っていただきたいルールだと思うのですが、観光客の方にイルカやクジラのウォッチングの時に守っていただきたいことがあればぜひ教えてください。
辻井さん:確かに自主ルールは事業者向けですが、観光客の方にもそういったルールがあることはしっかりと意識していただきたいなとは思っています。
私たちは彼ら野生動物の暮らしの中にお邪魔させてもらっているという立場で、彼らの自然な振る舞いや行動を妨げるようなことはしてはいけないですし、私たちが近づくことによってストレスを与えないようにしないといけない。
また、自主ルールは野生動物の営みを守るためのものでもありますが、私たちの安全を守るためのものでもあります。
野生動物がこれからも安心して暮らしていける生息環境をこの先もずっと残していく、それがより良くなっていければいいですが、そんな環境を将来に繋げていくためにも、ウォッチングに参加される皆さんにもしっかり理解していただいて、動物に配慮を持った接し方、観察の仕方にご協力いただきたいなと思います。
ウォッチングにおすすめの島内スポット&時間帯
ありこ:辻井さんのイチオシの観察スポットを教えてください!
辻井さん:王道ですが、やっぱり父島ではウェザーステーション展望台ですね。父島では比較的どこでもザトウクジラは観察できますが、やはり発見される確率が高いのは父島の西側海域です。これは間違いない。
母島では鮫ヶ崎展望台ですね。
ありこ:観察するにあたっておすすめの時間帯とかはありますか?
辻井さん:ウェザーステーション展望台で観察する場合は午前中がおすすめですね。鯨類の生態による理由というよりも人間側の理由になってしまいますが、午後は太陽光の反射で西側海域が眩しくなってくるので、観察のしやすさという側面で考えると午前中の方がいいかなと思います。
ありこ:ドルフィンスイムの船に乗っていると、午前中の方がイルカは元気という方もいるのですが、その点はいかがでしょう。
辻井さん:どうでしょう。鯨類に関しては解明しきれていないことが本当に多いんですよね。ただ、ハシナガイルカに関しては比較的日周行動がわかっている種類でして、彼らは昼間は休息していることが多いんですよ。沿岸域の入江とかに入ってのんびりしている。ウォッチングする私たちがのんびり眺める、まったりとした時間を過ごしたいのであればそういう時間は観察しやすいです。
その反面、ジャンプとか活発な姿がいつも見られるわけではないんですよね。そういうアクティブな行動が多くなるのは、夕方に沖の方に出かけていくタイミングです。行動が活発になるので、そのような姿を見たいという場合は夕方の時間帯がおすすめといえばおすすめですかね。
OWAの島内活動
ありこ:OWAが行なっている島内でのイベントや活動について伺いたいと思います。時々、ビジターセンターなどで講演会を行なっているかと思いますが、島内活動も多いのですか?
辻井さん:講演会は不定期ですが、定期的に行なっているものとしては、小笠原海洋センターと共催でザトウクジラに関する勉強会というものをやらせていただいています。
他には、マッコウクジラに関する調査研究について、一緒に研究している大学の先生にご講演いただいたり、骨格標本を使ったクジラの身体の構造に関する勉強会のようなことをやらせていただいたことがありますね。
ありこ:ビジターセンターでの企画展示もありますよね?
辻井さん:はい。毎年冬のザトウクジラ展というのに協力させていただいていますね。現在はイルカ展というものを通年で行っています。
ありこ:観光客が参加できるようなイベントはありますか?
辻井さん:ザトウクジラのシーズン、主に2~4月には「クジラの陸上観察会」というものをやらせていただいています。おがさわら丸入港日の16:00から、ウェザーステーション展望台でやっていて、どなたでも自由にご参加いただけるものです。
他には、夏と冬の特定日に「ナイトレクチャー」というものを行っていて、夏ならイルカをメインに、冬ならクジラをメインに、小笠原とイルカ・クジラとの関わりや生態についてお話しさせていただいています。
ありこ:B-しっぷではどんなことができますか?
辻井さん:当協会が出している商品の販売もありますし、イルカ・クジラについて知りたいことがあれば、私をはじめとして職員がご質問にお答えさせていただきます。
専門書や書籍もありますので、自由に閲覧いただけますし、実は貸出も可能です。観察をしたい方向けに双眼鏡も貸出しています(有料)。
ぜひホエールウォッチングをしに小笠原へ!
ありこ:最後に、観光客の方にメッセージをお願いします!
辻井さん:クジラやイルカたちを目の前で観察しにぜひ小笠原へ来てください!小笠原には自主ルールがあるということを頭に置いていただきながら、存分にウォッチングを楽しんでいただければと思います。彼らの生活環境を守りながら、今後もウォッチングを続けていくためにぜひご協力をお願いします。
ありこ:今日はありがとうございました。
私も小笠原でホエールウォッチングやドルフィンスイムを楽しむ一人ですが、このような貴重な環境を享受できるのはOWAの長きにわたるルール作りや研究がされてきたからだということを実感しました。
また、小笠原の唯一無二で素晴らしい自然環境をこれからも守り続けるためには、遊びを楽しむ私たちが野生動物への配慮を欠かしてはいけないのだと、自戒を込めて感じました。
知識や情報を持ったうえでホエールウォッチングをすればさらに深く楽しめそうですね!これからもOWAが発信する情報に注目していきたいと思います。
一般社団法人 小笠原ホエールウォッチング協会
住所:東京都小笠原村父島字東町 商工観光会館(B-しっぷ)内
TEL:04998-2-3215
FAX:04998-2-3500
HP: https://www.owa1989.com/
営業時間:8:00 ~ 12:00/13:30 ~ 17:00
島旅ライター
ありこ
離島にハマり、時間を見つけては南の島に足を運ぶ都内在住の会社員。沖縄諸島を中心に50以上の離島を訪れ、最近では無人島へもよく行っている。マリン系雑誌の編集ライターの経験があり、離島に行くと細かいところまでチェックするのがクセ。
写真を撮りまくる傾向がある上に地図に弱いため、島内巡りには時間を要する。他の人があまり行かないマニアックな離島やエリアに行くのが好き。離島では島民や旅人と話している時間が何よりも楽しい。
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